4月19日福岡講演「お釈迦様の教え~惑わされない生き方~」(Dhammacast)
「『お釈迦様の教え~惑わされない生き方~』」(64分12秒)をダウンロード
はじめての九州講演をポッドキャストで!
去る2008年4月19日、福岡市健康づくりセンターあいれふにて開催されたアルボムッレ・スマナサーラ長老講演会『お釈迦さまの教え~惑わされない生き方~』[講演概要]をDhammacastで配信いたします。
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去る2008年4月19日、福岡市健康づくりセンターあいれふにて開催されたアルボムッレ・スマナサーラ長老講演会『お釈迦さまの教え~惑わされない生き方~』[講演概要]をDhammacastで配信いたします。
关于互相让步与和好解决西藏问题的请愿声明 >>日文
三月十日,由于在西藏拉萨的僧侣示威游行队被武装警察暴力镇压,在中国各地发起了西藏佛教徒的抗议行动。据说,中国当局正持续弹压这种抗议行动。我们作为同样的佛教徒,面对这种形势深深感到悲伤。我们请愿中国政府,能够停止对西藏佛教徒的弹压,以及能够珍惜和保护西藏的宗教及文化,改变民族政策。
从一连串的西藏形势来看,我们不得不认为,至今为止中国的民族政策已经超过了西藏人的忍耐限度。想要使用强权来同化不同民族,使国民单一化的尝试是决不会成功的。这种结局早在文化大革命的悲剧中,中华人民共和国的政府和人民不是深有体会吗?对中国来说,西藏人也许是少数民族,但是这不能成为弹压的理由。就算加以某种理由来管制邪教,也不能弹压这些有古老传统和宗教信仰的人们。特别佛教是对于一切生命都以慈爱为怀,贯彻非暴力主义,不会给政治家和掌权者带来什么麻烦的宗教。
“芸芸众生都能够幸福”,这佛教的愿望是不分敌我的。因为政治上的问题而出现的暂时的对立,佛教徒也不会以怨报怨,一直拘泥于过去的仇恨之中的。我们认为,与这种实践佛教思想的西藏人和解,自古以来就很会行政的中国政治家来说决不是什么难题。
“我的心诀不动摇。我也不会说恶意的话。会作为怀有善良之心的人,也作为怀有无愤怒之心的人,而活着。”(巴利経蔵中部二十一《锯经》)
希望芸芸众生都能得到幸福。
宗教法人 日本上座部佛教协会
会长 小西淳一
事务局长 佐藤哲朗
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
19日に発送された、日本テーラワーダ仏教協会機関誌『パティパダー』B.E.2552年5月号の表紙(絵:上杉久代、デザイン:おかざきさゆり)です。2色刷りの大胆なデザインでお届けします。新連載:最新タイ版三蔵を底本にした正田大観訳『ウダーナ』もはじまりました。
『パティパダー(paTipadaa)』は日本テーラワーダ仏教協会の会員向け機関誌です。
<入会方法>
初年度会費として、7千円(次年度から年間5千円)を下記の郵便口座までお振込みください。通信欄には「 入会希望」と記入してください。毎月、機関誌『パティパダー(paTipadaa)』をお送りいたします。ご不明の点は協会事務局まで、お電話(03-5738-5526)か 電子メールでお問合せください。
【郵便振替口座】
00120-5-763914 日本テーラワーダ仏教協会
※協会への入退会は自由です。
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
チベット問題について
歩み寄りと和解を願う声明 >>中国語訳(簡体字)
去る三月十日、チベットのラサで僧侶のデモ隊が武装警察に暴行されたことをきっかけにして、中国各地でチベット仏教徒の抗議行動が起こり、中国当局の弾圧が続いているようです。私たちは同じ仏教徒として、この事態に深い悲しみを抱いています。私たちは中国政府に対して、チベット仏教徒への弾圧をやめて、チベットの宗教と文化が大切に守られるよう、民族政策を改めることをお願いするものです。
一連のチベット情勢を見ると、中国によるこれまでの民族政策は、チベット人の忍耐の限度を越えていたのではないかと思えてなりません。権力の強制で異なる民族を同化し、国民を単一化しようとする試みが決して成功しないことは、文化大革命の悲劇によって、中華人民共和国の政府と一般の方々は痛いほどわかっているではないでしょうか。中国にとってチベット人は少数民族かもしれませんが、それは弾圧の理由になりません。カルト宗教を何らかの理由を付けて取り締まることはあったとしても、昔から伝統を守って宗教を信仰する人々を弾圧してはならないのです。特に仏教は、一切の生命に対する慈しみを実践する、非暴力主義に徹した、政治家にも権力者にも迷惑をかけない宗教です。その仏教は、中国文化の一部でもあります。チベット人は誇り高い民族です。その宗教と文化を尊重し守ることは、中国文化をより豊かにし、世界の注目を中国に集めることにも繋がるのではないでしょうか。中国に暮らすチベット人が、宗教と文化の自由を享受し、幸福に暮らせるよう配慮することは自分たちの責任であると、指導者には理解して欲しいのです。
そのためには、中国政府が感情的になっていては始まりません。あれこれと条件を付けずに、大国らしい堂々とした態度で、チベット仏教のリーダーであるダライラマ法王との対話を再開することが必要だと考えます。 いろいろな民族が、お互いの文化を認め合いながら、なかよく平和的に共存することは、人類共通の理想と言えます。仏教は二五〇〇年前からずうっと、その理想を実現する方法を説いてきた宗教なのです。チベットでの出来事にいま世界中が注目しているのは、チベット仏教徒の平和を愛する生き方が、国や宗教を超えてたくさんの人々の尊敬を集めているからではないでしょうか。「生きとし生けるものが幸せでありますように」という仏教徒の願いは、敵も味方も差別しません。政治的な問題で一時的に対立したとしても、仏教徒は怨みに怨みで返したり、過去にこだわって憎み続けたりはしないのです。そういう仏教を実践するチベットの人々と和解することは、古代から政治の達人である中国にしてみれば、決して難しくないと思います。
それから、私たちは日本国の政府に対しても、チベットの問題を解決するために積極的に動いてくださいますようにお願いいたします。日本は古代から中国と深い関係を築いてきました。また遠いチベットとも、仏教というご縁で友好関係が結ばれてきました。日本は双方の立場を理解した上で、中立的に、純粋に相手を心配する気持ちで、チベットの問題を解決できるはずです。中国政府とダライラマ法王側の代表者を日本に招いて、和解のための対話の場をもうけるよう努力していただきたいのです。
中国の人々から、「チベットは中国の内政問題だ」という反発が起きていることも知っています。しかし、仏教はすべての人類に向けて説かれた教えです。この世界で仏教徒は少数派ですが、ブッダの道を歩む人々はお互いに心配しあわなければいけません。私たち仏教徒がチベットの人々の苦しみに無関心だとしたら、いったい誰が彼らに手を差し伸べればいいのでしょうか。
しかし、チベットの平和と自由を訴えることは、決して「反中国」活動になってはならないと思います。チベットの苦しみにほんとうに共感するのであれば、中国の人々を含めた、人類全体の幸福を願う、慈しみに徹した行動をするように気をつけなければいけないでしょう。
「私の心は決して動揺しないのだ。また悪しき言葉を私は発さないのだ。また心やさしい者として、慈しみの心の者として、怒りのない者として、私は生きるのだ」(パーリ中部二十一『鋸経』より)
私たち仏教徒のみならず、チベットに心を寄せるすべての人々が、慈しみの心を絶やすことなく、「一切衆生の幸福」という広い視野で考え、話し、行動していくことです。すなわちダライラマ法王が説かれるように、非暴力という「中道」を実践し続けることです。それが問題解決への唯一の道であると、私たちも確信しています。それがブッダの説かれた道だからです。
歩み寄りと和解によって、チベットに平和と自由がもたらされますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
佛紀二五五一年(平成二十年)四月十四日
宗教法人 日本テーラワーダ仏教協会
会長 小西淳一
事務局長 佐藤哲朗
あいにくの雨模様となりましたが、今年もゴータミー精舎で、お釈迦さまのご降誕をお祝いする日本の伝統行事、花祭りのご供養を執り行いました(誕生仏像は6日の名古屋初期仏教デーから帰京したばかり)。
例年は桜並木のそばに誕生仏をまつった花御堂を設置するのですが、今年は豪雨のため精舎仏殿におまつりしました。美しい花御堂を作ってくださったのは、本間惠志子さん。
記念品として花祭りカード(杜多千秋さんのお布施、デザイン:高橋優子さん)と甘茶クッキー(江原通子さんのお布施)などが配られました。
花御堂は10日の木曜日(ヴィパッサナー冥想会の日)までゴータミー精舎におまつりいたします。記念品も若干残っておりますので、ご希望の方はお早めに!
なんかゴソゴソやってるなぁ……と思ったら、パドゥマ沙弥がダンボールで立体誕生仏&マーヤー夫人を作ってくれました。
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
2008年4月6日、名古屋市笠寺の日本ガイシフォーラムにスマナサーラ長老をお招きして、『名古屋初期仏教Dayr1周年記念 花祭りスペシャル ~ブッダの教えがこの世にある喜びを~』が開催されました。
講演会場で誕生仏(ゴータミー精舎から出張)を安置した手作りの花御堂を飾りつける東海ダンマサークルの皆さん。

受付を手伝う?パドゥマ沙弥。スマナサーラ長老のお弟子さんです。キャンディにある僧侶学校の春休み期間を利用して来日中。太陽のような笑顔を振りまいて、みんなのアイドル状態でした。

花祭り記念講演をされるスマナサーラ長老。会場には約100名が参集。休憩と質疑応答をはさんで、ヴィパッサナー瞑想の会。午後7時まで熱心な指導が行われました。
6日は伊勢の神宮会館に宿泊。7日朝、東海ダンマサークル有志の皆様と、伊勢神宮(内宮)に正式参詣させていただきました。
神宮の参道にて。ガイドをしてくださった神職のI様(神宮広報部)は神道のみならず仏教への造詣もたいへん深い方で、神宮の歴史と信仰について多角的に理解を深めることができました。
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
「KY(空気読めない)の自分をどうべきか?」(54分37秒)をダウンロード
Q:瞑想実況をするときに、言葉にあわせて動いているような感じになってしまうのですが……。
命とは「感覚」のことです。感覚器官(六根)によって感じる波動が違うだけで、肉体に生まれているのは同じ「感覚」というシステムなのです。分析すれば単純なことです。ヴィパッサナー瞑想はその感覚というシステムの研究です。生きるとはシンプルなことである、と発見することなのです。
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