ブッダと論理の微妙な関係・他
「ブッダと論理の微妙な関係・他」(31分31秒)をダウンロード
1月19日名古屋初期仏教デーにおける、スマナサーラ長老と参加者の質疑応答を3回に分けて配信します。(その2)
◆『ブッダと龍樹の論理学』(石飛道子)をめぐって……。
「ブッダの教えは真理だから「論理的」です。しかしブッダは「論理学」を否定しました。純粋論理は私たちの実存から離れてゆくのです。龍樹の大失敗はそこにありました。龍樹の世界で「悟り」がなくなったのです。「真理は論理的ですが、論理は真理ではありません」ということを覚えておいてください。ブッダの教えはたまたま厳密に論理的になってしまったのです。仰ったことが永遠不滅の事実だからです。どんな時代にも古くならない、本当の事実なのです。他の宗教の教えと比べてください。他宗教では、はじめから終わりまで教えが崩れています。しっかり物事を知り尽くして語ると、論理的になるのです。ですから仏教は論理的です。しかし論理は仏教ではありません。
でも、皆さんもやっぱり理性を育てないといけない。例えば信仰、感情、好み、怯えなどが割り込むと、物事の判断ができなくなるのです。我々の判断能力をにぶらせる信仰、感情、好み、怯えなどに捉われてはならないのです。我々は理性をもって自分の人生を判断できるように、理性を育てるのです。ヴィパッサナー冥想をすると理性がどんどん育ってきます。理性の目でみると、摩訶不思議に論理的になります。しかし論理を前に出さないこと。論理は抽象的。実存的ではないのです。数学的に、1を3で割るようなもので、もう終わりがなくなるのです。それは抽象的で。でも実際には、割れます。
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◆なぜ「魂」という「錯覚」が起こるのか?
五蘊無我の教えは、他に「魂」を想定したものではありません。永遠不滅の魂、という錯覚は、我々の認識のからくりによって生み出されるのです。云々。
(法話メモ:佐藤哲朗)
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
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