仏教の堕落と再生/ほんとうの慈悲
「仏教の堕落と再生/ほんとうの慈悲」(25分25秒)をダウンロード
アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。
(2007年7月14日 名古屋市日本ガイシフォーラムにて収録)
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
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アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。
(2007年7月14日 名古屋市日本ガイシフォーラムにて収録)
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
8月17日18日の両日、静岡県沼津市にて在日スリランカ人コミュニティの方々が主催する法事(読経法要と昼食のお布施式)に八王子正山寺のお坊様が招聘され、ゴータミー精舎のナーギタ比丘も参加しました。18日午前には、近隣にある大棚の滝まで小観光。滝壺でリフレッシュしている比丘方の写真です。
富士市内の大棚の滝にて。
左からダンミッサラ・ナーヤカ長老、ワンギーサ師、スダンマ師。
滝を眺めて沈思黙考するワンギーサ師、水に入るダンミッサラ・ナーヤカ長老、八王子から運転をしてくれた立正大学生のNさん。
撮影:ナーギタ比丘
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
8月13日、八王子禅東院(東福寺)戒壇でのウポーサタ(布薩)儀式の様子。左からヤサ師、ワンギーサ師、スダンマ師。撮影:ナーギタ比丘
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。
“こころ”とは何ですか?
生きていることが“こころ”です。
知ることが“こころ”です。
しかし、我々はありのままに知るのではなくて、自分が希望するように、あって欲しいように知るのです。ありのままに知ることはできないのです。
生きていることは「知ること」です。こころとは、知ることです。しかし、知ることは「誤知(誤った知)」なのです。知ることは「誤知」であって、修行しない限りは、「正知(正しい知)」にはなりません。永久的に誤知のままでいなくてはならないのです。
瞑想とは「誤知」を「正知」にすることです。誤知を破って、ほんとうの真理を発見するのです。地動説を唱えたガリレオさんのように。我々がウソを知っているから(誤知だから)、煩悩があるのです。欲や怒り、憎しみ、嫉妬が起こるのです。誤知が正知になったら煩悩が生まれるはずもないのです。……
(2007年7月14日 名古屋市日本ガイシフォーラムにて収録)
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
7月29日、ゴータミー精舎で、八王子正山寺&ゴータミー精舎の檀家さん合同による雨安居入り法要が執り行われました。

午前中、お坊様方への食事のお布施式。スダンマ師とナーギタ師は鉢で食されました。食後、スダンマ師がシンハラ語、ワンギーサ師が日本語で雨安居(vassa)の意味について法話されました。こちらのパンフレット(PDF)で復習しましょう。

午後、正山寺で雨安居に入られるスダンマ師、ワンギーサ師、ゴータミー精舎で雨安居に入られるヤサ師、ナーギタ師に、それぞれの檀家代表が「どうぞこの精舎で雨安居にお入り下さい」とお願いする儀式が行われました。

釈尊が成道ののち、はじめて法を説かれた「初転法輪」の日と伝えられるエサラ・ポーヤ・デーに当たります。その故事にちなんで、スダンマ師を導師に『初転法輪経(dhammacakkapavattanasutta)』の読誦がされました。写真はお釈迦さまと参列者を結ぶ祝福の聖糸を準備するヤサ師。

本堂にあつまった全員が合掌して聖糸をいただき、釈尊の初転法輪の教えを受けました。

子供は苦手ながらも、終日つきあってくれた寺猫ナミ。人見知りのイナリは本堂お釈迦さまの裏に隠れてお経を聴いていました。
というわけで、ゴータミー精舎もこれから11月まで雨安居期間に入ります。
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
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