[Dhamma]経典解説:「何が我々を束縛するのか?」チッタ居士の名回答
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スマナサーラ長老の法話ポッドキャストです。
今回は、パーリ経典講義。相応部経典:六処篇:チッタ相応()より、「束縛(繋縛)」(S41 1)という経典を取り上げます。優れた在家仏教徒であったチッタ居士が、僧侶のあいだで起こった論争を見事に解決した、という経典。
故・増谷文雄氏はチッタ居士を大乗経典の『維摩経(ゆいまきょう)』に登場する維摩居士のモデルになった人物ではないかと推測しています。
もちろん三宝に深く帰依するチッタ居士は、後世に創作された維摩居士のように阿羅漢方を誹謗するようなことはしません。出家者に敬意を払いつつ、悟りの世界では先輩である立場から、出家者の誤りもすぐに正してあげるのです。現代の我々もチッタ居士から学ぶべきことは多いと思います。
『一切の煩悩は認識の中で生まれます。「この世に誘惑がいっぱいあるんだよ」云々俗世間で言うけれど、色声香味触法は、眼耳鼻舌身意の束縛というわけではありません。束縛は六根(六内処)と六境(六外処)を繋ぐ「鎖」「くびき」なのです。
では、眼と色の間で何が束縛になるのでしょうか? 耳と声の間で、鼻と香の間で、何が束縛になるのでしょうか? 両方に「チャンダラーガ」が起こるのです。この「チャンダラーガ」こそが束縛なのです。チャンダラーガは、チャンダ(意欲)とラーガ(貪欲)の熟語です。チャンダ(意欲)には善も悪もありません。何に意欲があるのか、ということによって善悪が変わるのです。このチャンダ(意欲)のはたらきを理解することが、ヴィパッサナー修行を成功させる鍵になります。』(2007年4月20日パーリ経典解説より)
~生きとし生けるものが幸せでありますように~


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